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“流れ”を読む
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最近アカギとかジョジョのギャンブルシーンを見ていて思ったことは“流れ”を読むチカラについて。
麻雀してもポーカーにしても確率や理論だけでは推し量れない要素があるように思う。
修練の結果を競うスポーツにだって割合こそ低くなるが存在すると思う。
運や勘に近いが“流れ”と言ったほうがより近い表現だ。
成功する人というのは少なからず流れを読むことができる人なんだと思う。
この第六感とも言える能力というのはどこから来てるのか。
知覚できないうちに処理されている脳の計算が導きだしているのか?
むしろもっとアナログなモノではないか。
野性の勘とか言うし動物のほうが鋭いと思う。
思考、言語、論理、演算を手に入れた人間には薄れてしまった能力のような気もする。
流れを読むチカラというのはよくわからない。
それゆえ鍛え難い。
鍛えることすら無理なモノかもしれない。
何かしら方法がありそうではある。
鍛えるからには経験が必要。
歳ともに日常経験を重ねていけば得られるかもなーと暢気に構えてる自分には難しいのかもしれない。

しかし最近はメールで推敲もクソなしで今まで以上の乱文ばっかりだ。
そのうち書き直そうかな。

Comments

  • BlogPetの2011

    広い動物と、大きい乱文とアナログとかを処理したいはず。


    2005年10月30日

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